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八ヶ岳カントリーガーデン

記憶繋ぐもの。

2018年11月22日

今日こそはしっかりと雨が降るかなぁ・・・と思っていましたが

日頃の行いが素晴らしいせいなのか 一日しっかりと作業できました \(^o^)/ もとい( ;∀;)

現場は先週に続き 原村w邸花壇造成作業。枕木駐車場工事に続いて 来春 グリーンコテージさんが花壇を造るので その造成作業。伐採したニセアカシアなどの木々の抜根など2トン車満載の木ゴミや小石が出ました。

明日は管理機などで肥料や土壌改良剤をすきこみ耕うんします。

さて、東日本大震災から8年 様々な方やグリーンネットワークの協力により震災直後からずっと支援続けてきた雄勝病院では仮慰霊碑を造らせていただいた後年2回の花の植え替え、整備を続けてきました。来年ようやく病院跡が雄勝町の慰霊の森として整備され雄勝町で犠牲になった方々の慰霊碑と共に今回病院関係者や一般のご寄付で新たな石造慰霊碑を建立することが出来るようになりました。https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201804/20180406_13010.html

役目は終わりますが 被災地で一番美しい慰霊碑だと言ってくれる人もいました。

関係者や支援を続けるものとして どうして石巻市が率先して慰霊碑を造ってくれないのか(石巻市立雄勝病院)完成セレモニーも自粛するように言われているのか 市として今回の悲劇を公にしたくないのか そうした態度が遺族の方々の悲しみを一層募らせているように思えます。

雄勝病院 https://otonanswer.jp/post/5985/

建立される慰霊碑の遺文は遺族の方々、関係者の方々で作られました。

 眼前に広がるこの場所には、その日まで石巻市立雄勝病院(鉄筋コンクリート造り三階建・高さ9m)が建っておりました。2011年3月11日午後2時46分、この地をマグニチュード9・0の巨大地震が襲い、さらにその46分後に病院の屋上をはるかに超える16mの巨大地震が襲来しました。その時、病院長以下27名の職員は医療人としての強い責任感と高遇な使命感で、自立歩行が困難な高齢者等の入院患者40名の命を守るため、一丸となって懸命に努力しました。しかしながら、どす黒い想像を絶する津波に、入院患者全員と職員24名、計64名の尊い命が犠牲となりました。旧雄勝町の地域医療を担い続けて56年目のことでありました。 この慰霊碑は死の恐怖と無念の思いで犠牲となった方々の霊を慰めるとともに、このような悲劇を二度と繰り返すことの無いよう、永く後世に語り伝える縁とするべく、多くの方々からの篤志により建立されたものです。  平成31年3月11日。

 来年の3月11日にはここに仲間たちの作った花々で 新しい慰霊碑を飾りたいと思っています。

 

 

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