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牛と土。

2019年2月8日

鼻水も出ない。熱もない。咳はたまに。けど体のだるさが抜けなく 思うように直らない風邪が続く。今日初めて 餌台に来るリス3匹を撮ることが出来た。一番目は屋根の上で食事。その後 2匹目が。そしてしんがりは 多分毎年来てくれているこの方。体も大きいので見分けがつきやすい。

親子なのか 親戚なのか はたまた他人なのか 一緒に食事することはありません。

 さて、この本をようやく読み終える。

眞並恭介著 牛と土 福島3.11その後  http://gakugei.shueisha.co.jp/kikan/978-4-08-781567-2.html

福島原発事故後 警戒区域内で安楽死させられた鶏44万羽 豚3万頭 牛1747頭 餓死など1500頭 そして政府の安楽死処分に同意しなかった飼い主の牛550頭。(チェルノブイリでは30キロ圏内の牛1万3000頭をトラックで非難させていた)

その生き残った牛たちと牛飼いの戦い。

 「なんでおめえらは国の言うとおり、安楽死の指示に従わないんだ」「警戒区域の牛は平等に死んでもらわないと、おめえらが牛を生かしているうちは、同意したおれらがばかを見る」希望の牧場ふくしまの吉沢は「牛飼い仲間の間で顔を真っ赤にしてこんな言い合いが起きちまう。なんで避難者同士で喧嘩しなくちゃならんのか。違うだろう。巨大組織である東京電力や国の方を見ずに、どうしても目の前にいる意見の違う人に当たってしまう。殺処分を行う家畜保健衛生所の獣医やそれに立ち会う役場の職員だって牛を殺すなんて耐えられない。できることなら殺したくないが、職務上処分しなくてはならない立場なんだ。牛飼いなら見棄てないぞ、とえさを運んで世話を続けてきたおれたちは正しいことをしたと思う。けれども緊急避難時に牛を置いて逃げた農家も、そうするしかなかったし、正しい判断、正しい行動だったんだ。本位じゃなくても安楽死に同意せざるをえなかったことは間違いない。殺す、殺さないでうちじゅうみんなが言い争いだんだん力尽きて、もはやこれまで、とハンコつくしか無くなった。原発事故とは、そういうことだったんだ。」

 吉沢はこれからも、縦割り行政の国や東電と戦っていくだろう。その矛先は、電力を大量に消費しながら、原発事故のことを忘れたがっている社会にも向けられている。アベノミクスとかいう株価や金融の景気のいい話に浮かれて、米も野菜も作れない、作れたとしても売れない被災地のことなど、その責任がどこにあるかなど考えようともしない社会に。

「おれは最後まで牛飼いとして生きていきたい。経済価値は消えちまったけど、牛を見棄てたり、見殺しにしたりしない。放射能汚染された餌が混じっていても、牛たちは毎日おいしそうに、うれしそうな顔で食ってくれるわけよ。牛も被爆したし、おれも被爆した。しかし、牛飼いの心は折れていない。第一原発の排気塔が見えるこの牧場は、被爆のメモリアルポイント、歴史遺産のような場所ですよ。ここで牛を飼いながら、自分が体験したこと、浪江町で実際に起きたことを、生の声で伝えていくことが おれの残り20年の人生だと思っている。」

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牛たちは荒れ果てていく人が入れない広大な農地を維持管理するために電柵の中移動しながら草を食べ続けている。その牛の一部は放射能汚染のデータとして解剖されている。牛はどこまで行っても人間のために役立ってくれるかけがえのない動物だと思う。

 ここ希望の牧場以外にも富岡、大熊などで今も通い続けている牛飼いたちがいます。本当に頭が下がる。あなたたちこそが希望そのもの。

 

 

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